にんげんの郷
04月27日
先日、同僚がヒョンなことからかかとの骨を折るけがを負い、その大惨事の現場に立ち会うことになりました。
当然ですが、彼は大変な痛がりようです。顔からは脂汗が滴り、顔をしかめ、唸り声を上げ続けています。
そばにいた僕も心配し、狼狽し、救急車を呼ぼうかと彼に尋ねると、「あ、歩けないから頼む」とのことでした。
「怪我した人間は動かすな」といつもテレビで言っているので、無理はさせてはならじと電話をしました。
すると「事故ですか?事件ですか?」という声。
警察にかけていました。まさかこんな間違いをするなんて!きっとテンパっていたのでしょう。
いわゆる“大惨事あるある”を体感したところで、我に返りちょっとはにかんで、彼を見ると一緒に笑ってくれるでもなく転げまわって痛がっています。
そんな余裕はないのです。
いかん!いかん!そんなおっちょこちょいをしてる場合でも、はにかんでいる場合でもないのだと気を持ち直し119を押す私。
「火事ですか?救急ですか?」の声に一安心し、状況を説明するとすぐに救急隊が向かうのことです。
その間も彼のかかとから痛みが引くことはなくうずくまっていました。足を抱える体勢を固定するため、座布団などを腰や腕の下にあてがいます。
惨状を聞きつけ数人が取り囲んで心配し、「大丈夫か?」と声をかけています。
野球中継で、デッドボールを受けた選手がうずくまり、両チームの選手が取り囲んで担架が来るのを待つ場面とそっくりです。
違うのは彼がユニフォームを着ていないことと、ボールが当たるはずもないかかとを痛めている所くらいです。
さて、ここで話が核心に近づくので、デッドボールを受けた、もとい、かかとの骨を折ったけが人の名前を記すことにしますが、
彼は下の名を「郷夫」とかいて「くにお」と読みます。
すぐに救急隊が駆け付けて、救急車到着までの時間に、「郷夫」さんに色々な質問を投げかけます。
救急隊員「意識はありますか?」
郷夫さん「…あ、り、ます。」
救急隊員「痛むのはどこですか?」
郷夫さん「…み、右足のかかとです」
救急隊員「どういう状況でかかとを痛めたのですか?」
郷夫さん「そ、そこの脚立から…」
痛めた場所が頭ではなく、意識もはっきりしていることを確かめてからは、救急隊員は井上公三か前田忠明ばりに質問を投げかけます。
救急隊員「ご家族は?」
郷夫さん「つ、妻と子供がひとり…。」
救急隊員「ご連絡先はわかりますか?」
郷夫さん「え…と、090…」
救急隊員「いえ、あなたのではなく自宅の電話番号を教えてください。」
郷夫さん「じ、自宅には電話はないんです。」
救急隊員「なら奥さんのお電話番号を教えてください。」
郷夫さん「す、すいません。え…と…」
冷静に情報を収集し的確な処置を行おうとする救急隊員と、痛みのせいで普段の冷静さを失っている郷夫さんとのコントラストが妙にはっきりとしていました。
そして、そのようなやり取りが続く中、あるひとつの特筆すべき現象が起きたのです。
救急隊員「それではご住所を教えてください。」
郷夫「や、山口市〇〇町…」
救急隊員「お名前をおしえてください。」
郷夫「▼◆郷夫です。」
救急隊員「“くにお“というのはどういう字ですか?」
郷夫「ご、郷ひろみの、『郷』です!」
心配と緊張で二人のやり取りを真剣に聞いていた私の時間が一瞬止まりました。
「郷」の文字を救急隊員に伝えるために、彼がとったチョイスは「郷ひろみの郷!」だったのです。
痛みに打ち震えながらも飛び出した『郷です!』の4文字。
これまでに何人の物まねタレントが発し、それを受けて数えきれない日本人が使用したであろう『郷です』の4文字。
「go」というよりは「gyou」に近い発音の口の中で引っかかるあのニュアンス。
目を閉じると、引き締まった体に白い歯をのぞかせてバックダンサーの前で、キラキラの衣装を着て「郷【gyou】です!」とポーズを決めている郷ひろみが現れるようでした。
郷夫さんが発した「郷です!」は力強さと自信に満ちあふれていました。今思えば若干、物まねタレントのように【gyou】という発音だった気がします。
おそらく彼はこれまでの人生で多くの初対面の人間に「くにお」の「くに」は「郷ひろみ」の「郷」だと説明してきたのでしょう。彼にとって「くにお」の読み方を問われて「郷ひろみの郷です」と答えるのはまさに「梅干しを見れば唾が出る」ようなごくごく自然なことだったのだと思います。
普段ならば「へえ、郷ひろみの郷なんですね」ですむやり取りで、違和感を感じません。むしろ「郷ひろみ、昨日ミュージックフェアに出てましたよね」などと初対面の人との会話が弾むツールとして、非常に有効なやり取りということができます。
ただ、この日の状況は違いました。初対面の人間は救急隊員で、「郷です」と発したのは脂汗を流す怪我人なのです。
緊迫した状況で「今、郷ひろみを使って説明するか!?」とつっこむのも空気を読まない人間だと思われるので、心配そうな顔つきのママ黙っておりましたが、僕は心の中で、実はちょっとニヤっとしていました。
人が苦しんでいるのになんてヒドい奴だと自分を責めながら、懺悔のつもりでこの文章を書いています。言い訳に聞こえるかもしれませんが、僕は彼のかかとを心配し、痛みを同情しておりました。
ただ、痛みをこらえうずくまる彼の口から郷ひろみという言葉を聞き、そのギャップがあまりにも大きかったことがなんだか可笑しかったのです。
彼は現在ギブスもとれ、ピンピンしています。治ったからもう時効だろうと文面に起こすことにしました。
最近、人間というのはこんなもんかもしれないなと思っております。
痛むのも人間。心配するのも人間。クスっとするのも人間。ほとぼりが冷めて文章を書く計算高さも人間。
ただ言えるのは僕たちはこの時間を、同じ放送エリアで関わり合い生きているのという事実。
せっかく近くに暮らしているのだから、少しでも楽しいことを多くの人たちと共有したいなという思いを込めて番組の名前をにんげんのGO!にしました。
郷ひろみの郷ではありません。
少しでもたくさんの地域の方と関わり合い、皆様の日常のクスっとするような一場面をテレビ画面に“おいしく”登場させていきたいなと思います。
これからもテレビにご出演いただく被写体として、あるいはテレビをご覧いただく視聴者として、宜しければ番組にかかわっていただければとてもうれしいです。
ディレクター・松田大輔